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溜息は「ほろほろ」とおちる

「ほろほろ」おちて 何処かに溜まる

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【きみのための花】



 図面を引く。正確には図面と言うのにはやや粗雑で、図による説明に近いものだったが、普段ならそういったものすら作らない。頭の中にあるものをそのまま作るのが一番早いのだが、今はそれではいけない。今、刀花が創り出そうとしているのは彼の『持ち主』のための小刀だ。
 重すぎては華奢な主の動きを邪魔する。
 軽過ぎては脆く、そして動きが過分になる。
 過分も不足もないように、何より主が気に入るように、刀花は紙に木炭の欠片を走らせる。
 狭い部屋は徐々に暗く染まっていく。小さな窓しかないここは、元は物置だった。狭い底に文机と敷布と、何枚かの毛布。それだけを持ちこんで自分の部屋にしてくれと頼んだのは、もう半年も前のこと。
 半年間、刀花はただ主のためにこの部屋で図を引き、そうして刀を鍛えてきた。
 『至上の道具』と呼ばれる一族の、刀鍛冶として。
「ダオ?」
 不意に呼ばれて、振り返る。薄暗い部屋に光が入って、逆光になって表情の読めない主が、それでも不思議そうな雰囲気を纏って立っていた。
「なんだ、いるんじゃねぇか。灯りもつけねぇからまた寝てんのかと思ったぜ」
 安心したような、呆れたような。
 半々の口調で言いながら部屋に入ってきた主が、慣れた手つきで灯りをともした。刀花に与えられている灯りは、他の部屋より少しだけ上等な油を使っている。夜でも明るい場所で作業が出来るように、と主がそうした。
 道具にそこまで手をかけなくとも、と言いかけた言葉は笑顔の主に途中で殴られて止められ、結局今まで言いきれていない。
「今度は何作ってんだ?」
「俺が、主(ぬし)の使う得物以外作るわけないじゃろ?」
「べっつに。俺じゃなくても先生とかのも作るじゃねぇか」
「あれは主が頼んだからじゃ。あれのためには作らんよ」
 図から目を離さずに言えば、思ったより間近で苦笑するような気配がする。ちらと視線をあげれば、こちらの手元を覗き込むような形で主が見下ろしていた。
 昼のような明るさに照らされた主は年相応より若く、こどものような風に見える。図を覗き込むために傾げた首に合せて、刀花と似た色の黒髪がさりりと揺れた。
「ああ……小刀か。この前壊したからな」
 悪かったよ、とどこか苦々しげに言う主を見上げて首を振る。
「主のせいではないさ。……荒事の時はどうしようもないことじゃろ?」
「それでもさ。せめてああいう時、もっと冷静でいれたらいいんだけどなー」
 溜息混じりに呟いた主に、刀花は返事をしない。
 きっと無理だ。
「主よ、なんぞ、用があってきたんではないのかの」
「ん……あ、そうだ。飯だよ飯。先生が呼んで来いって」
「……腹が減らんのだが」
「んなこといって。また怒られるよ」
「主に怒られんなら構わん」
「俺だって怒るぜ。……あんま根詰めてんのも心配なんだかんな」
 拗ねたように口元を尖らせて言う主に、思わず笑う。
「笑うのかよ。……でもダオ、まじ気をつけろよ。また隈濃くなってっし、朝も食ってないだろ」
「寝ておるからのう」
 刀花は主に必要とされない以外は、大体寝て過ごす。鍛冶以外はどうせ何も出来はしない。『至上の道具』とされる一族に属する者は、大体がそうだ。一つだけ秀でた分野以外は人として生きられる水準すら保てず、ただ『持ち主』に世話をされて、その役に立つことでこの世と繋がりを持つことが出来る。
「道具のことなんぞ、そんなに気にしないでいいんだぞ、主よ」
「道具って言うなし。ほら、さっさと来いって」
「おうおう。分かったよ」
 動くつもりのなさそうな刀花に焦れたのか、主がぐい、と腕を掴んで引く。荒事の際に前線まで出ていくだけはあって、刀花はその一度で立ち上がらせられた。
 そこで気付いて、首を傾げる。
「主」
「なに?」
「縮んでないか」
 言った一瞬、主の動きが止まった。次いで、ほとんど前触れもなく拳が飛んでくる。
 避けはしない。
「……おめぇが、伸びてん、だよ!!!」
 言葉と共にたし、と肩口を叩かれる。勢いに反してそれほど痛みがないのは途中で力を弱めたからだろう。気付いて、笑う。
「そんなに愉しいか? 伸びたのが嬉しいか? あ?」
「そんなことは言ってないじゃろ。俺が主に、そんなことを思うわけがない」
 道具だと何度言い重ねても、この主は変わらない。他の人々と変わらないように、刀花を扱う。
 友人か、仲間のように。
 それがどれだけ稀有なことか、一族の中で他の道具が持ち主にどう扱われているのか、見てきた刀花は知っている。
 使い潰されるならいい方だ。時には道具の用途にないことまで、強いられる。
「……主よ、食事が冷めるから、はよいこうか」
「お。おお? そうだな。先生も待ってっし」
 掴まれた腕をゆるりと抜いて、代わりに主の手をとって歩く。
「主の使う小刀をな、作るんだ」
「うん」
「その図をな、引いたんでな。また、見てくれんかの」
「いいよ。……お前の作るもんならきっと間違いなんてねぇけどさ」
 その言葉に、笑う。
 信頼と、親愛と。
 道具としてはなりそこないで、扱われ損なっていると言われるかもしれなくとも。
 彼のために、だから、刀花は咲く。

「当たり前じゃろ。俺は、主のための花だもの」


 



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文章先行で書いて、イラストをつけてもらう遊びをした奴。
それぞれ30分の時間制限でした。
イラストは冬木さんです。三十分でこれ描くとかちょっと意味が分からん。

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