溜息は「ほろほろ」とおちる
「ほろほろ」おちて 何処かに溜まる
【お題①】(棚橋志津、青柳遠野)
- 2014/07/16 (Wed)
- 創作小話 |
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①
「し、しづくん、きょう泊まっていかない……?」
珍しく弱ったような調子で言った朔久之に、志津は思わず目を瞬かせて動きを止めた。鍵盤のうえで自由に動く長い指が志津の服の裾に絡んで引き留めている。
思いつきでホラー映画が見たいと言ったのは志津で、それならうちが広くていいよ、と場所を提供してくれたのが朔久之だった。最初は遠野も来ると言っていたのだが、母親が夏風邪を引いたからいけないと直前に連絡が入ったのだ。ホラーだろうとアクションだろうと人間ドラマだろうと、表面上はひたすら平坦にいる遠野がいればさほど怖くないと踏んでいたのだが、来られないなら仕方がない。朔久之も大概平常心が強いから、平気だと思っていたのだが。
結果がこの、涙目で志津を見上げてくる成人男子である。もうそろそろ宵の口というには遅い時間になってきていて、志津もそろそろ暇をと立ち上がった直後だった。
「……もしかして朔久之さん、怖いの苦手?」
こっくりと、頷きが返ってくる。
志津も決して得意とは言えないが、それは脅かされるのが苦手なのであって、見終わってしまえばさほど怖さを引きずらないタイプだ。朔久之も見ている途中、度々脅かしの場面で反応していたが、同じようなものだと思っていたのだが。
どうやら志津の予想以上に、苦手だったらしい。
「え、じゃあ、なんで見たんですか。苦手なら言ってくれればよかったのに」
服の裾を引かれているから、自然と少し体がそちらに寄る。その体勢がつらくなって朔久之に少し近づく形で膝を折った。服にかかった指は離れず、甘そうな色の瞳が普段では考えられないほど落ち着きなく、うろうろと辺りを見回している。
「……しづくんが見たいっていうから」
「いや、まさかそんな苦手なんて……ああもう」
柔らかそうに巻いた髪に手を伸ばして、ぐしゃりと撫でた。忙しなく辺りを見回していた瞳が、驚いたようにまあるくなってこちらを見上げる。
「……仕方ないですね」
言いながら、自分でも思わず口元が緩むのが分かった。普段はどうしようもなく格好いい、年上の人。思いがけず自分が優位に立てて、性格が悪いと思いながらも、少しうれしい。
「泊まるから、手、離してください」
「ほんとう……?」
「本当」
わざとらしく言い聞かせるような口調で言えば、服に絡んだ指がおずおずと剥がれていく。自分よりも四つも年上なのに。仕草がどこか幼くて、でもそれが――不似合とも思えなくて。
「……イケメンってずりぃ」
「え?」
「なんでもないですよー」
適当にぱたぱたと手を振ってごまかしながら、眼下の彼を見る。
本当にずるい。
ヘタレてたって可愛いとしか思えないんだから!
(ヘタレっていう言葉が似合う私の愛しい人)
②
もてるもてると志津から話だけは聞いていたのだが。
「……うおう」
人だかりとまではいかないまでも、それなりの人数、女子が校門の側に立つ彼の周囲に群がっている。一様にきゃいきゃいと楽しそうに彼に話しかけ、彼はといえば穏やかに笑みを刷いて丁寧にそれに対応している様子が見てとれた。
女子が似たような袋を手にしているのを見て、そういえば今日は何クラスかで家庭科があったのかと思い至る。べたといえばべただが、手作りの菓子に弱い男は多い。
志津に対して毎日毎日飽きもせずに菓子を作ってくる男が、そのタイプに該当するのかは別にして。
『優しくて』『頭が良くて』『王子様みたいな』
志津が度々その三つを使いまわして表現していたのだが、自分は志津と会った瞬間のその人しか見たことがなかったから、なんとなく信じきれなかった。
志津にあんな緩んだ顔を見せる男の、どこが。
「しかしまあ、『王子様』ねぇ……」
うさんくさい、とぼそりと呟いて、ずずっと残りの牛乳を啜る。空になったパックをゴミ箱に投げ込んで、たらたらとその人の集まりに近寄った。
「あー……さくの、サン?」
志津が呼んでいるのを思い出しながら名前を呼べば、それは間違いなく彼のものだったらしく、はて、と不思議そうな顔でこちらに視線が向く。同時に、周囲の女子がはっとしたように距離を取った。
校内での自分の評判は、まあ、よくはない。
女子の何人かは複雑そうな顔でこちらを見ている。
「……ええと」
声をかけられた『王子様』も困惑したように声を漏らしながらも、愛想よくふわりと笑った。
――こういうところか。
「……お待たせしました」
「え」
「あー……しづはもうちっとしたらくるんで」
周りの女子をわざと無視するようにそう言えば、何かを察したようで「さくのさん」は周りの女子に断って少しだけこちらとの距離を詰めた。志津と話をする時の比ではないが、それで女子たちも自分たちの時間はここまでと悟ったのだろう、名残惜しそうにしながらも特に強い反発もなく解散していく。
「……ありがとう」
女子の耳に声が届かなくなったところで柔らかく言われた言葉に眉を顰める。
「ああいうの適当に散らさんとめんどくないですか」
「でも、わざわざ持ってきてくれるから」
やわやわと笑って言われる言葉が自分の中で、どこか上滑りしていくようで首を傾げる。同時に、志津の鈍さが自分の中で際立って、思わず溜息を吐いた。
「? どうしたの」
「いやーべつにー……しづもあんま女子多いの得意でないんで」
まあ。
本当はそんなことないのだが。
「そうかな?」
この相手にそれを指摘されるのは癪だった。
「……まあ。ちなみにしづ今日はゴミ捨てなんでおせーっすよ」
「ああ。そうだったんだ」
「うっす」
ちらり、と自分を通り越して、校舎の方に彼の目がいく。遠くを見る目が、ちらりと不思議な光を帯びる。
焦がれる、ような。
「…………今日もしづに用事っすか」
「うん。きみは、」
「しづと帰る予定っす」
「……ああ、そうなんだ」
「っす」
そう言っても、相手が退いて帰る様子はない。志津に会ってからでないと、退くことはないのだろう。
何度話を聞いても掴みきれなかったそれが、じんわりと、染み入る。
こういう人間か。
そうか。
納得と共に、背後からの軽い足音に振り向く。それより先に明るくなった相手の表情に、誰が来るかは分かっていた。
甘く焼けそうな表情を目の端に映しながら、ああややこしい、と。溜息をついた自分は悪くない。
(百聞は一見にしかず)
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診断メーカーお題より二つ小話。共通して出ているのはいとぷさんちの八鎌朔久之さん。
①は可愛いって思い始めてるってことはってやつです。②は無駄な警戒です。
(お題は『ヘタレっていう言葉が似合う私の愛しい人・百聞は一見にしかず・たったひとつの恋・光る淡雲・君が●●だら僕も死ぬ』です http://shindanmaker.com/35731)
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①は可愛いって思い始めてるってことはってやつです。②は無駄な警戒です。
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創作好きな籠り虫。
腐海でもなんでも自由に行き来します。
基本文字書きだと思ってたけどここ数年逆転しつつある。
男子同士のボーダーな関係に絶賛萌え中。
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