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溜息は「ほろほろ」とおちる

「ほろほろ」おちて 何処かに溜まる

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【つきがきれいにみえたなら、】(棚橋佐和)



「あのね、さくの。ぼくはきみが羨ましいんだ」
 そういって微笑んだ彼の兄は、本当の女性のように見えた。普段浮かべるような屈託のない表情ではなく、穏やかな、大人びた笑み。表情と挙動で気付けなかったが、彼はとても、「せんせい」に似ていた。
「……うらやましい、ですか」
「羨ましいよ。だってきみは、しづのことが特別に好きでしょう」
 問われて、一瞬間をおいて頷く。
 彼の言う特別にどこまでの意味が込められているのかは分からなかったが、それだけはたしかに言える。
「ぼくは、それができないの」
「できない……」
「うん。ぼくに、特別な好きはない」
 はっきりと断言した相手に、とん、と胸をつかれたような思いがする。
 それは。
 それなら。
「……しづとね、とうさんのことは、好きだよ。でも家族だもん。血の繋がりがあって、生まれてからずっと一緒の。でもそれは、別の枠でしょう? きみの特別な好きは、家族に向けるようなものではないでしょう?」
 諭すように言われて再び頷く。
「……月がきれいだと思えたら、ぼくは死んでしまいたい」
「え?」
「友達とね、話したことがあるんだ」
 夏目漱石、と言われて、かの人のエピソードが思い出される。
 あなたと見る月は――
「さくの。きみがしづと一緒に見る月は、きれいなんだろうね」
 揶揄するでもなく、穏やかに。ほんの少しの羨望を混ぜて、彼は言う。
「ぼくにとって月はただの衛星で、明るいけれどきれいだとは思えない。……だから、きみが、きみたちが、ぼくは羨ましい」
「……」
「……さくの」
「はい」
 目を細めて、彼は覗き込むようにこちらを見る。その表情はこどもを見守る親のような、それで。
「しづもね。きみと見る月が、きっといちばんきれいなんだ」
 だからよろしくね、と言いきって、彼はくるりと踵を返す。
「あの……っ」
「今日はねー、これで帰るんだー」
 いつもの幼げな口調に戻って、彼の兄は一度だけ振り返った。
「しづにも言ってあるから、さくのが戻ってくれればいーよ」
「……はい」
「あ。それとねー」
 ちょい、と。
 骨が目立つ人差し指を口元にあてて、彼は小首を傾げる。
「さっきの話、しづには秘密」
 囁くような声は僅かに低く、大人の目で。
 その言葉に、そっと頷き返した。



****************************************************
棚橋佐和(志津の兄)といとぷさんちの朔久之さんの短い話。
すごい色んな事が終わって、一瞬でも2人だけで話す機会があったら、にいちゃんはしづをよろしくねっていう気がしたので。
あとにいちゃんの苦悩っていうか、解決できない事案についてもちろっと。
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