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溜息は「ほろほろ」とおちる

「ほろほろ」おちて 何処かに溜まる

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【探偵殺し】



「『探偵』というのは、つまり体質のようなものでして。ほら、いらっしゃるでしょう? 何故そんなにトラブルに巻き込まれるんだっていう方。そういう方は『探偵』という性質を持っていらっしゃる可能性があるということでして」
 朗々と語る相手の口調は淀みない。澄んだ青色の瞳を、笑んだような形に歪めた目の奥で輝かせている。
「でも、正直迷惑じゃありませんか。その方々がいるだけでトラブルが起きる――それだけならまだしも殺人事件! ああ、怖い怖い」
 わざとらしく身を震わせて、青年はこてりと首を傾げた。似つかわしくない、可愛らしいとも言えるような仕草に気を削がれたその瞬間に、形の良い唇が歪んで音を吐く。
「だったら殺すしかあ、ありませんよね」
 疑問形ですらなく、それは確信に満ちた言葉だった。
「殺意がある方のもとへ『探偵』が行くんじゃありません。『探偵』によって、殺意が目覚めさせられるのです。
 諦めた恋が思い出されるのです。
 恨みがどうしようもなくなるのです。
 愛しすぎてしまうのです。
 信念を曲げられなくなるのです。
 ――まあ、動機なんて意味はないなんて、よく言ったものですよ。その通りです。全て探偵が悪い」
 つらつらと言いながら、青年の目は柔らかく眇められたままだ。害意も悪意も、彼は抱いてはいないのだろう。――本当にただの殺意だけで。
「だから探偵は死ななくてはならない。
 殺さなくてはならない。
 それが、我ら『怪人』の思想です」
 お分かりいただけますか、と再び問うてきた相手に返事を返すことは出来なかった。口は相手の手によって塞がれているし、首元に鋭い刃が突きつけられている状況では首を振ることで意思を伝えることも出来ない。そんなことをすればあっという間に、白刃はおれの喉に噛み付き、それ自体と青年を赤色に染めるだろうと想像はついた。
「……ん、ああ。これでは返事も出来ませんね。申し訳ありません。それに少々、話過ぎてしまった感もあります。いやいや、私の悪いところなんですよ。他のメンバーにもそれは指摘されるところでして」
 申し訳ない、と繰り返して、けれど青年はその状況からおれを解放する気はないようだった。骨の形が分かるような、皮膚の薄そうな大きな手が息が出来るぎりぎりでおれの口元を一層強く押さえる。
「それで、話が長くなり申し訳ないのですが、これが本題です。
 ――死んでいただけますか、『探偵』様?」
 ちくしょう。声にならないまでも喉の奥で呻けば、青年が浮かべた笑みが深まる。この話の流れで、この状況で、大体読めていたことだった。
 しかも青年が言ったトラブルに見舞われる体質――大いに心当たりがある。
 むしろこの状況すら、そのトラブルの一端なのではないか。
「ああ、素晴らしい。ご理解いただけていたようですね。重畳です。中にはこういったことをお話してもなかなか、ご自身に当てはめて考えられない方もいらっしゃいまして、それは苦労しているのですよ」
 どうでもよかった。
 出来るなら理解したくもなかったが、たぶん、理解しなくても相手の中での最終結論は変わらないのだろう。おれだってそんな馬鹿な話があるかと一蹴したい気持ちでいっぱいだが、如何せんたしかにおれが過去に巻き込まれた諸々の事件を考えれば、なんの反論もできない。
 おれの周りで、何人が死んでいき、何人がその原因として狂っていったのだろう――数えたくもなかった。
 変な覚悟のような、達観のようなものが思考を支配していく中、目の前の青年はどこまでもにこやかだった。
「その理解力が、貴方の運命を変える一助ですよ『探偵』様」
 そう言いながら、青年が動く。おれの口を完全に塞ぎ、首元のナイフを素早く横に滑らせ――たわけではなかった。それらをすっと引いて、彼はおれの真正面に立つ。
 変に距離が近かったせいで気付かなかったが、青年はなかなかの長身だった。おれだって決して小さくはなく、むしろ平均よりやや高いくらいの身長でいるつもりだが、そのおれが少しだけ上を向くことでようやく青年と視線がかち合う。
「『探偵』様、貴方が『引き起こした』事件はそれはそれはそれはそれは多く、正直我ら『怪人』一同、決して看過できるものではないと思っております」
「そう、だろうね」
 答えた声は、ずっと青年にせき止められていたせいかやや掠れていた。
 青年のここまでの話が真実ならば、おれはきっと青年が言うところの『怪人』に殺されるのだろう。
「けれど貴方は、そうした事件のほとんどを解決していらっしゃる」
「……」
「これは、『探偵』なら誰でもが出来るというわけではありません。多くの『探偵』は渦中にあれども何も出来ず、他の才ある人間が事件を収束させるのを眺める――あるいは解決もされずに葬られていくのを眺めるばかりです。自分のせいなのに、彼らは後始末一つ碌に出来ないのですよ。……多くの『探偵』はね」
 だから、と青年は言葉を繋げる。すい、と指でそうするように、武骨なナイフで俺を指した。
「貴方には、チャンスを差し上げることになりました」
「……チャンス」
「ええ。……まずそうですね。貴方、死にたいですか?」
 今度は問いかけの形であるそれに、反射のように首を振る。覚悟めいたものがあったはずなのに、問われた瞬間にそれは霧散していた。
「なるほど、これでまず前提はクリアですね」
「おれは、何をさせられるんだ?」
「なになに、難しいことじゃあありません。『探偵』様には、『探偵』が起こした事件を一つ、解決していただきたい」
 どこが難しくないんだ、と咄嗟に言いそうになったが、慌てて口を噤む。チャンスだと言っていた。つまり、これをふいにしたら、それはきっと、おれの終わりだ。
「被害者は二人――実際には三人ですが、最後の一人は気にしなくて構いませんよ。死んだ理由は明白ですので」
「……『探偵』か」
 おれが思わず呟けば、ぱちりと手を叩いて楽しそうに笑った。
「さようでございます。流石に御察しがいい。彼女……ああ、今回の『探偵』は20歳くらいの女性だったのですが、彼女は貴方のように察しがいい人種ではなかったようで、ひたすら怯えるだけでした。そういう『探偵』が、一番困るんですよね」
 芝居がかった仕草で額を押さえて、いやいやとでも言いそうな風に首を振った青年はそこでぱっとおれを見る。
 溜息を吐いた。
「おれが解決できたら」
「貴方を見逃しましょう。……とはいえ、『探偵』を野に放っておくわけにはいきませんから、こちらの監視つきで生活していただくようになります。それでもし私たちには少々処理が面倒な『探偵』事件が起こりましたら」
「どうにかしろ、と」
「ええ、さようで」
「勝手な話だね」
「まったくもって、おっしゃる通りだとは思います。ですが、『探偵』様。生きているだけ、ましじゃあありませんか」
 青年の言葉は一定の抑揚で、こちらが感情を抱きづらい。だが青年の言を信じるならば、つい最近、一人の『探偵』――20歳の女性が、『怪人』と称する彼らの手によって殺されているのだ。恐怖とまではいかないが、危機感のようなものだけは、僅かであるが湧き起こっていた。
 『探偵』やら『怪人』やら、良く出来てはいるしそれに流されてもいいと、一瞬でも思える程度には上等な話だ。もちろん、ほら話かもしれない。だがほら話だとして、きっとおれがここで断るなり解決し損ねたりすれば、この目の前の青年はおれを殺すんだろう。
 『怪人』として、『探偵』を。
 トラブル事件続きの人生で、そういう雰囲気を持つ人間を見分けるのだけは上手くなっている。
「――オーケー、承知した」
「何を?」
 確認するように短く言った青年を改めて見返して、言う。
「解決、してやるよ――『探偵』らしくね」
 俺の言葉に一瞬間を置いて、青年は丁寧にお辞儀をした。気付けば何度もおれにつきつけられていたナイフは、まるで魔法のように消えていた。長身が腰を折り、半ばでその姿勢を保ったまま、きらきら光るような青色の目がこちらに向けられる。
「重畳、それではご案内いたしましょう『探偵』様。『探偵』下郎が『引き起こした』事件の場へ」
 おれの口を塞いだ手が、恭しく差し出される。まるでエスコートするようなその所作に一瞬呆気にとられたが、相手が特に引く様子もなく見えたので仕方なく、傷一つないその手に自分の手を重ねた。
 やんわりと包まれて、そのまま引かれる。
「ああ、そうだ」
 おれの手を引いて歩きだそうとした刹那、青年が足を止めた。
「そういえば、私の名前を名乗っておりませんでしたね。これはとんだ御無礼を」
「……そういえば、だね。大分君のことは分かったような気がするけど」
 嫌味を混じらせて言うが、青年は特に気にした様子もなくもう一度謝罪を口にする。
「申し遅れました。私は『怪人』――カテゴリを『殺人鬼』、タイプを『奇術』に属しております、名をジャックと申します」
 以後、どうぞよろしく、と。
 握手の前に既に繋がれていた手をゆらりと振って、青年――ジャックは笑った。



*********
つづかない。
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